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Hawaii KAU with Hawaiian breeze.

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コーヒーの樹に実った緑のコーヒーチェリーを見つめる農園オーナーのジョン

ジョンの物語

John's Story ― 1989年、カウ地区の農園開発を託されて

ジョン(John Ah San)とは

ジョン(John Ah San)とは、1989年にダニエル・イノウエ上院議員からカウ地区の農園開発を託された、カウコーヒー農園のオーナーです。

農園 Kau Ocean Vista Coffee Estate は、ハワイ島のほぼ南端、パハラ(Pahala)の町の郊外にあります(P.O. Box 503 Pahala, HI 96777)。

更新日

1989年、ハワイの英雄から託された土地

カウコーヒーの歴史は、1989年にジョンがダニエル・イノウエ上院議員から直接、ハワイ島カウ地区のコーヒー農園開発を任されたことから始まります。ダニエル・イノウエ氏は当時上院議員だったハワイの英雄で、日系人として初めて上下両院の議員を務めた人物です。

カウ地区はもともとサトウキビを栽培していましたが、衰退の一途をたどっていました。「サトウキビ畑の跡地に何をしたら良いか」。その相談を受けたジョンが注目したのは、ハワイ島コナ地区ですでに盛んになっていたコーヒー作りでした。

赤い土の斜面に列をなして植えられた若いコーヒーの樹と、海を望むカウ地区の畑

サトウキビの土地が、コーヒーの土地になるまで

カウ地区に「産業としてのコーヒー畑」を生んだのは、コナ地区からコーヒーの樹を持って来て植えたジョンです。それまでも各家庭レベルでコーヒーを育てる家はありましたが、産業としての畑はこのときに生まれました。

ハワイの近代の歴史は、移民とサトウキビ畑を抜きには語れません。カウ地区は1800年代後半からサトウキビ畑でした。サトウキビ産業は各島で形を変え、カウ地区では1996年に最終的にその幕を閉じました。土地を新たに作り変えるため、当時は焼き畑が行われました。

コナ地区は当時、多くのコーヒー農地がありましたが、土壌の貧しさと乾燥気味の気候によって、収穫は厳しい土地でした。一方、カウ地区はハワイ島が有する広大な溶岩台地に位置し、良い土に恵まれた数少ない土地でした。最初はコナコーヒーと同じ味を期待して始めた栽培でしたが、土壌や気候が異なるため、出来上がったコーヒーはコナで栽培されたものとは全くの別物となり、予想以上の美味しさを生み出しました。

なぜジョンは「コーヒードクター」と呼ばれる?

ジョンが「コーヒードクター」と呼ばれるのは、ハワイ島で多くのコーヒー農園のアドバイザーを担い、ハワイ大学やアメリカ農務省からの依頼を継続的に受けているからです。

自分の農園だけでなく、他の農園にも「こうしたらいいよ」と経験や知識をシェアし、カウ地区全体のコーヒーの品質向上に貢献しています。指導の相手はカウだけでなく、コナ地区の農園にも及びます。

コーヒー栽培に携わる前、ジョンは酪農をしていました。コーヒーの樹の根元にピーナッツ科の下草を植える発想は、この草を食べた牛の状態から学んだものです(詳しくはこだわり ― 自然農法)。

「100% - KA'U COFFEE」の文字と赤い不死鳥をあしらった農園のロゴマーク

ロゴの不死鳥(フェニックス)に込めた意味

農園のロゴマークの不死鳥(フェニックス)は、「焼けた土地から、また新しい作物が育った」ことの象徴です。数年前、ジョンは Kayama LLC のミユキに「Miyuki、どうして農園のロゴマークにフェニックス(不死鳥)を選んだと思う?」と尋ね、農園を指さしながらカウ地区の歴史を語りました。

サトウキビからコーヒーへと、同じ土地からさらに次の命が生まれた。それを「死なない鳥」=不死鳥にたとえたのです。ロゴの円には「100% - KA'U COFFEE」の文字が入っています。

お揃いの青いアロハ柄の衣装で農園に立つロリとジョン

娘のロリと、農園のチーム

農園マネージャーのロリ(Lori Ah San)はジョンの娘で、農園の共同経営者としてカウコーヒーの品質保持に努めています。

ふだんのジョンは農園作業で穴の開いたTシャツ姿ですが、ファッション好きのロリは、写真撮影やウェブセミナーなど公式の場では必ず「何着るの?」と確認し、ハワイのブランド店でそろえたお揃いの衣装を用意します。Foodex Japan(幕張メッセ)へ出展したときも、4日間の毎日のコーディネートはロリの担当でした。

農園にはモアニさんをはじめとする働き手がいます。収穫期の農園はこうした人々に支えられ、太平洋を越えてカウ地区のコーヒーが日本へ届きます。

カウコーヒーとジョンの歩み

1800年代後半
カウ地区でサトウキビ栽培が始まる。
1989年
ダニエル・イノウエ上院議員から直接、ジョンがカウ地区のコーヒー農園開発を託される。コナ地区からコーヒーの樹を運び、産業としてのコーヒー畑が生まれる。
1996年
カウ地区のサトウキビ産業が最終的に幕を閉じる。
2017年
Kayama LLC が幕張メッセの食品・飲料専門展示会 Foodex Japan(ハワイ農務省関係のブース)に初出展。ジョンが淹れたカウコーヒーを4日間、来場者に試飲提供する。
2018年5月
キラウエア火山の噴火。農園に降った火山灰は「天然の栄養剤」となる。
2020年8月
「ブラックコーヒーの常識を変える」をモットーに、日本での販売を開始。
2020年10月
Hawaii Seal of Quality(ハワイ州農務局の品質認証制度)の認可が決定。
2025年3月
東京都新宿区のふるさと納税返礼品になる(令和7年3月7日)。

よくあるご質問

農園はどこにありますか?
農園 Kau Ocean Vista Coffee Estate は、ハワイ島南東部のカウ(Ka'u)地区、パハラ(Pahala)の町の郊外にあります(P.O. Box 503 Pahala, HI 96777)。標高350メートルの見晴らしの良い場所にあり、太平洋を一望できます。ハワイ側の輸出手続きはハワイ島パホアの Kayama LLC が、日本での企画・販促・実務は大阪市中央区の株式会社エム・ジー・ケイが担当しています。

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カウコーヒーとは何ですか?
カウコーヒーとは、ハワイ島南東部のカウ(Ka'u)地区で栽培されるコーヒーです。芳醇な香りと苦みの少ない上品な甘み、柔らかいコクが特長です。ハワイ カウコーヒーが扱う豆は、カウ地区パハラの農園 Kau Ocean Vista Coffee Estate(オーナー ジョン)で栽培・精製されたものだけです。

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農園の今

Kau Ocean Vista Coffee Estate は、ハワイ島のほぼ南端、パハラ(Pahala)の町の郊外にあります。標高350メートルの見晴らしの良い場所に位置し、農園からはハワイの海を一望できます(2021年1月の記事時点で生産規模は8.5エーカー)。

収穫期の約8か月間、ジョンに日曜日はありません。朝から夕方まで赤いコーヒーチェリーを手摘みし、夕方からウェットミル、翌日の太陽を待つドライミルまでの全作業が終わるのは夜8時ごろです。工程の詳細は収穫から一杯までをご覧ください。

このページの要点

  1. 1989年、ジョン(John Ah San)はダニエル・イノウエ上院議員から直接、ハワイ島カウ地区のコーヒー農園開発を託されました。
  2. ジョンはコナ地区からコーヒーの樹を運び、元サトウキビ畑(1800年代後半〜1996年)に、カウ地区で初めて産業としてのコーヒー畑を築きました。
  3. 農園のロゴの不死鳥は「同じ土地から次の命が生まれた」象徴です。農園は標高350メートル、2021年1月時点で8.5エーカーです。
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